My bottle,My Cup Interview Vol.7

大関はるかさん

お母さんがスープ用のボトルを持たせてくれたことがきっかけになってボトルを持ち始めた大関はるかさん。被災地支援でも役だったそうです。

マイボトルとの出会いを教えてください

私が高校生の時、母がお弁当と一緒にお味噌汁や野菜スープを保温性のある200ccくらいのボトルに入れて持たせてくれていました。それが最初のボトルだったと思います。

その頃、両親は「ごみ問題・ごみ発電を考える会」という会に参加していました。これは、当時、都会のごみをRDF(ごみ固形燃料)にして、私たちの住んでいた町で処理する計画がたちあがったことを受けて、ごみ問題について勉強しようという会でした。その時から、まずは、自分たちでごみを減らそうという意識になり、家の中がごみ削減モードになりました。これを機に、私自身もごみ問題について深く考えるようになりました。

ごみ問題を深く考えるきっかけになったのですね

RDFによるごみ発電の例では、これからはごみを減らしていく世の中にしていかなくてはならないのに、それを燃料にすることは本末転倒ではないかと思いました。このようなリサイクルのシステムを整えるよりも、自分のところで出たごみは自分たちで処理できるくらいごみが少なくなる方向を目指したいねという理念が軸にありました。

ペットボトルが普及しはじめた1995年ごろ、私は高校生でしたが、最初はすごく便利だなあと思ったのですが、リサイクルよりもリデュースだという考えが自分のなかに強くでてきてからは、お弁当を一緒に食べていた仲間にペットボトルは止めて水筒を使おうと呼びかけました。周りはみんな協力してくれました。

大学に進学してからも、絶対に自販機を使いたくないという時期がありました。それは就職して忙しくなってから、だんだんなあなあになってきていますが、その当時は、まだ、今ほど世間がマイボトルとか言われていないなかで、かなりストイックに考えていましたね。

その頃、ファストフード店に行って、飲み物をマイボトルに入れてくださいと言ってみたり、帰省や「エコ・リーグ」の活動をしている時に飛行機を利用して移動することがあったのですが、サービスで出る紙コップを拒否してマイコップでお願いしたりしていました。学生時代は、このようなアクションを楽しんでいた感じもあります。

今は、どのようにマイボトルを利用していますか?

ozeki

最近、ボトルには水を入れていることが多いです。また、お客さんが来ると、ボトルにハーブティーや珈琲を入れて、コップと敷物を持って、鴨川の河川敷とかで飲んだりしています。

ボトルのお手入れとしては、水を入れることが多いので、使った後にさっと洗う程度です。ハーブティーをいれたときは、台所石鹸を使って、ブラシで洗っています。

また、マイカップも割と使っています。ワークショップに参加すると、飲み物を紙コップで出されることがあるのですが、その時、マイカップでもらったりして、話のきっかけになったりしています。

マイボトルの利点はどのようなことだと思いますか?

人と飲み物をシェアできることかな。だれかと分けあうことができて、特別な思い出になることもありますね。そんな場面の中では、マイボトルが良い役割をしてくれているなあと感じます。

他にも、ごみが出ないとか、お金を節約できるということもあります。マイボトルの利用を他の人に薦めるとしたら、安上がりだし、自分が飲みたいものが飲めることですね。ヘルシーですよ。

話は変わりますが、被災地支援で活躍されていらっしゃいますね。

Team SAKE」という活動に参加しています。これは、避難所ではなく半島の先にある集落などを対象にして、被災地の方々と対話をするなかで、要望があったことに対し、お手伝いをする活動です。

特に最初の半年の活動を通じて思ったことですが、小さな集落のみなさんにとって、物資を受け取るばかり、お世話になるばかりというのは少し居心地が悪かったのではないかと思います。震災直後の4月上旬などは、まだ物資が十分でないのに、お茶を分けてくださったりしたことがありました。最初は、自分たちは食料を持って来ているのでいらないと言っていたのですが、一方的に与える⇔与えられるの関係ではなく、お互いにありがとうと言える関係になると、次の段階にいけることに気づきました。

夏に水道が通じるまでは特に、マイボトルやマイ箸を持っていることはたいへん便利でした。新しく活動に参加する人たちには、マイボトルやマイ箸など自分のものは自分で用意しておくように伝えていました。水が貴重な頃は、使い捨てのものを使っていることが被災地では多かったですから。

ボトルに限りませんが、自分で管理できる範囲を狭く持つことは大事だと思っています。自販機で飲料を買うことは簡単ですけれど、出たごみが、その先どのように長く複雑な工程で処理をされているのか見えないですよね。どこから来てどこに行くのか、ちゃんと見えておくことは大切だと思っています。

(2011年11月中旬 京都にて)

大関はるかさん

1979年リビア、トリポリ生まれ。栃木県宇都宮市育ち。長崎大学環境科学部の1期生となる。在学中に休学をして、デンマークのフォルケホイスコーレへ。学生時代に環境問題に関心のある若者によるNGOエコ・リーグで活動していた縁で2003年より(有)ひのでやエコライフ研究所勤務。三陸の小集落復興支援「Team SAKE」のメンバー。

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